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   Q 乳腺の病気にはどのようなものがありますか?
 
 
   

 
 
乳癌の手術は、なんと紀元前からすでに施行されていました。ここ数年、古代文明展が各地で開催されており、興味のある方も多いでしょう。古代エジプト時代の医師・イムヘテプ(Imhotep)の記録が残されていますが、これがいわゆる現存するパピルス文書です。この中に8人の乳腺疾患の記載があります。またエジプトの神オシリス(Osiris)の妻のイシス(Isis)は一人息子ホールス(Horus)を主産後、乳腺炎に罹患して悩んでいたとのことです。
 

 
4大文明のひとつであるメソポタミア文明で有名なのは、約2mあり大変な思いで輸送してきて、メソポタミア文明展でも展示された、あの「目には目を、歯には歯を」で有名なハンムラピ法典(Code of Hammurapi)。これは、バビロニア王国第一王朝第6代の王ハンムラピ(Hammurapi)が作った法典です。282条、4000行にわたる楔形文字からなるこの法典の内容は、刑法、商法、民法、奴隷法などで構成されています。このハンムラピ法典内で医学に関しては、医療行為、医療過誤に関する規定が書かれています。外科医は手術に失敗した場合、刃物を持った手を切断されました。また乳房に関した記載には、乳母の不注意で乳児が死亡した場合、乳母は、その乳房を切断されたそうです。まさに「目には目を、歯には歯を」ですね。これはむしろ治療というより刑罰になります。
 

 
もう少し時代がさかのぼること、ギリシャ時代(紀元前900年頃)。コーカサスの山中や黒海沿岸に住む狩猟や戦争に従事するアマゾネス(Amazones)という女族がいました。彼女らは、弓の技術に秀でており、弓を射るのに乳房が邪魔になるという理由で片一方の乳房を焼ききっていました。実はアマゾネスとは“乳房がない”という意味なのです。この頃の乳房の手術は乳房をもぎ取り、出血は熱したコテで焼くという、とても残酷なものでした。それも麻酔を行わないで。我々は今の時代に生きていてとても幸せに感じます。縫合技術が行われるようになったのはずっと後の16世紀頃からです。
 

 
現在の乳癌の手術を確立したのは、ハルステット(William Steward Halsted,1852-1922)と、マイヤー(Willy Meyer,1858-1932)です。彼らは、乳癌は局所病だと考え、乳房を一塊として切除し、筋肉・リンパ節も摘出する方法をとりました。これは定型的乳房切断術といい、10数年前までは主流でした。しかし、乳癌は全身病であるという考えが出てくるとともに、筋肉を切断してもしなくても予後には変わりないというデータが出てきたので、筋肉は残すようになりました。これを非定型的乳房切除術といい、現在はこの手術が主流です。そして、化学療法(抗がん剤)、ホルモン療法にも力が注がれるようになってきています。また現在は、切除は局所療法にとどめるという乳房温存術も出現していますが、まだ割合としては手術療法の1/3強の頻度でしか行われていません。しかしこの手術療法は、これから増えていくことと思われます。
 

 
今までは海外の話ばかりでしたが、日本にも乳癌の大家がいました。彼の名は、華岡青洲(1760‐1835)。彼は、「まんだらげ」(チョウセンアサガオ)からの抽出物である「仙通散」という経口麻酔薬を使い、全身麻酔下で初めて乳癌の摘出手術に成功した偉人です。有吉佐和子氏の「華岡青洲の妻」という小説でご存知の方もいるかと思いますが、なんと彼は、その実験段階で自分の母親と妻に仙痛散を飲ませつつそれを完成させたのです。ちなみにこれはアメリカの歯科医モートン(William Thomas Green Morton,1819‐1868)が、エーテル麻酔により初めての抜歯を行った約40年前の出来事であり、いかにすごいことであるかご理解いただけるでしょう。

(平成12年10月29日)
 
 
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